東京高等裁判所 平成6年(行ケ)181号 判決 1995年11月21日
アメリカ合衆国
カリフォルニア 94086-3737、サニーベル、カイファー ロード 1090
原告
フエアチャイルド セミコンダクタ コーポレーション
(旧商号)
フエアチャイルド カメラ アンド インストルメント コーポレーション
同代表者
ジョン エム クラークⅢ
同訴訟代理人弁理士
小橋一男
同
小橋正明
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
清川佑二
同指定代理人
青木俊明
同
松村貞男
同
今野朗
同
土屋良弘
同
吉野日出夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成4年審判第2359号事件について平成6年2月23日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文第1、2項同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和58年10月7日、名称を「ボンディングボール形成用の被覆ガス制御」とする発明(後に「ボールボンディング用ボール形成方法及び装置」と補正。以下「本願発明」という。)について、1982年10月8日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和58年特許願第187156号)したところ、平成3年10月25日拒絶査定を受けたので、平成4年2月24日審判を請求し、平成4年審判第2359号事件として審理された結果、平成6年2月23日、「本件審判請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年3月28日、原告に送達された。なお、出訴期間として90日が附加された。
2 本願発明の要旨
(1) 特許請求の範囲1に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨
ボールボンディング用のワイヤを保持工具によって保持しており、前記ワイヤ先端に所定の雰囲気を与えるガスを供給するシュラウドが設けられており、前記ワイヤと前記シュラウドとの間に電気的アーク放電を発生させて前記ワイヤ先端に溶融状態のボールを形成させるボールボンディング用ボール形成方法において、前記ワイヤ先端を前記シュラウド内部に位置させて前記シュラウドにより実質的に包囲された状態とさせ、前記シュラウドへ不活性被覆ガスの流れを発生させ、前記不活性被覆ガスとは別の水素ガスの流れを発生させ、前記不活性被覆ガスと前記水素ガスとを混合させ、前記不活性被覆ガスと前記水素ガスとが実質的に完全に混合した後にその混合ガスを前記シュラウドへ供給することを特徴とするボール形成方法
(2) 特許請求の範囲6に記載された発明(以下「本願第2発明」という。)の要旨
ワイヤを集積回路チップヘボールボンディングさせるために保持工具内に保持したワイヤの先端にボールを形成するボールボンディング用ボール形成装置において、前記ワイヤ先端を実質的に包囲し前記ワイヤ先端との間に電気的アーク放電を発生させるシュラウドと、前記シュラウド内部を不活性被覆ガスで充満させる被覆ガス供給手段と、前記シュラウドの上流側の位置において前記被覆ガス供給手段内に水素ガスを混合させる手段と、混合ガス中の水素の体積%を所望の範囲内に制御するために前記被覆ガス供給手段内への水素ガスの流量を制御する手段とを有することを特徴とするボールボンディング用ボール形成装置
(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願第1発明及び本願第2発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) これに対して、本出願前に日本国内において頒布された昭和54年特許出願公開第40570号公報(以下「引用例1」という。)には、回路要素又は端子に対するワイヤのボール接合を許容するために、火花放電によってワイヤ上にボールを形成する方法に関する発明(特許請求の範囲第1項1行ないし3行)が記載されており、さらに、この発明を説明するために、第1図を参照しつつ(a)「ワイヤ1は、リール2から、導電性クランプ3および超音波溶接工具6のホーン5の終端に形成された細管状ノズル4を通って延びている。」(3頁右上欄16行ないし19行)、(b)「ワイヤの終端にボールを形成するには、火花放電がワイヤ1の先端と電極9との間に、約0.125mmの間隙において、生成させる。電極9は、透明な前方部分11(図においては断面であらわす)によって形成されるホルダ10に支持され、」(同頁左下欄2ないし6行)、(c)「電極ホルダ10の透明な前方部分はスロット15により形成されそれによりノズル先端及びワイヤが、その前進につれて、電極ホルダ中を通過することを許容する。」(同頁左下欄11行ないし14行)、(d)「シールドガス供給部24が管25を通して電極ホルダ10に接続される。アーク放電が行われている間、シールドガスは電極とワイヤ先端に沿って流れ、スロット15を通って流れ出る。」(同頁左下欄20行ないし右上欄4行)と記載されている(別紙図面2参照)。
(3) そこで、本願第1発明と引用例1記載の発明とを比較検討する。
引用例1記載の発明における「導電性クランプ3」、「電極ホルダ10の透明な前方部分11」、「火花放電」並びに「シールドガス」は、それぞれ、本願第1発明における「保持工具」、「シュラウド」、「電気的アーク放電」並びに「ワイヤ先端に所定の雰囲気を与えるガス」に対応する。
引用例1の前記(a)の記載からみると、引用例1には、本願第1発明における「ボールボンディング用のワイヤを保持工具によって保持していること」が記載されているといえる。
引用例1の前記(b)の記載からみると、引用例1には、本願第1発明における「ワイヤと電極との間に電気的アーク放電を発生させてボールを形成させること」が記載されているといえる。
引用例1の前記(c)及び(d)の記載からみると、引用例1には、本願第1発明における「ワイヤ先端に所定の雰囲気を与えるガスを供給するシュラウドが設けられていること」及び「ワイヤ先端をシュラウド内部に位置させてシュラウドにより実質的に包囲された状態とさせ、ガスをシュラウドへ供給すること」が記載されているといえる。
してみると、両者は、ボールボンディング用のワイヤを保持工具によって保持しており、ワイヤ先端に所定の雰囲気を与えるガスを供給するシュラウドが設けられており、ワイヤと電極との間に電気的アーク放電を発生させてワイヤ先端にボールを形成させるボールボンディング用ボール形成方法において、ワイヤ先端をシュラウド内部に位置させてシュラウドにより実質的に包囲された状態とさせ、ガスをシュラウドへ供給するボール形成方法である点で一致し、次の点で相違する。
<1> 電極が、本願第1発明においてはシュラウドであるのに対し、引用例1記載の発明においてはシュラウド(電極ホルダ10及び透明な前方部分11)の内部において支持される電極9である点
<2> ワイヤ先端に形成されるボールが、本願第1発明においては溶融状態であるのに対し、引用例1記載の発明においては引用例1にはこのことが記載されていない点
<3> 本願第1発明においてはシュラウドへ不活性被覆ガスの流れを発生させ、不活性被覆ガスとは別の水素ガスの流れを発生させ、不活性被覆ガスと水素ガスとを混合させ、不活性被覆ガスと水素ガスとが実質的に完全に混合した後にその混合ガスをシュラウドへ供給するのに対し、引用例1記載の発明においてはシールドガス供給部からガスをシュラウド(電極ホルダ10及び透明な前方部分11)へ供給する点
(4) 次に相違点について検討する。
相違点<1>について
本願明細書(13頁19行・20行、14頁16行ないし20行)には、シュラウドがステンレススチール等の物質からなるシュラウド内面にタングステンスポットを設けて電極として構成し得ることが記載されており、かかる記載からみると、シュラウドが内面に電極を取り付けたものを含むことが明らかである。
してみると、本願第1発明におけるシュラウドは、引用例1記載の発明におけるシュラウドの内部において支持される電極と実質的に一致する。
相違点<2>について
引用例1記載の発明においても、ワイヤと電極との間に電気的アーク放電を発生させてワイヤ先端にボールを形成させるのであるから、ワイヤの先端に溶融状態となったボールが形成されることは当然である。
してみれば、この点において両者に差異はない。
相違点<3>について
本出願前に日本国内において頒布された昭和55年特許出願公開第123198号公報(以下「引用例2」という。)には、アルミニウム線端を還元性ガスと不活性ガスとの混合気中にて加熱溶融し、ボールを形成するアルミニウム線端のボール形成方法(特許請求の範囲第1項)が記載されており、さらに、水素(還元性ガス)とアルゴン(不活性ガス)との混合気を雰囲気ガス放射管によりボンディングワイヤ端に放射すること(2頁右下欄6行ないし16行及び第11図)が記載されている(別紙図面3参照)。これらの記載を併せてみると、引用例2には、不活性被覆ガスと水素ガスとの混合ガスをワイヤ先端に供給することが記載されているといえる。
ところで、複数種のガスの流れを別々に発生させた後それらを混合させて得た混合ガスを供給することは、半導体の製造において周知(傳田精一著「集積回路技術」1968年2月15月日株式会社工業調査会発行114頁ないし117頁。以下「周知例」という。)であり、しかも、特段の事情がない限りかかる混合ガスを完全に混合した後に供給することは極めて当然のことである。
してみれば、引用例1記載の発明におけるシュラウドへ供給するガスを、シュラウドへ不活性被覆ガスの流れを発生させ、不活性被覆ガスとは別の水素ガスの流れを発生させ、不活性被覆ガスと水素ガスとを混合させ、不活性被覆ガスと水素ガスとが実質的に完全に混合した混合ガスとすることは、当業者が容易になし得る程度のことである。
そして、本願第1発明は、引用例1及び2記載の発明に比較して、格別の効果を奏するものとも認められない。
(5) したがって、本願第1発明は、引用例1及び2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
(6) 以上のように、本願第1発明が特許を受けることができないものであるから、本願第2発明について論じるまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
4 審決の取消事由
引用例1及び2に審決認定の事項が記載されていること、本願第1発明と引用例1記載の発明との一致点(ただし、後記部分を除く)及び相違点は審決認定のとおりであることは認め、相違点<2>についての審決の判断は争わない。
審決は、本願第1発明及び引用例1記載の発明の技術内容を誤認した結果、本願第1発明におけるシュラウドが引用例1記載の発明における電極ホルダ10及び透明な前方部分11に対応すると誤って認定し、かつ相違点<1>の判断を誤り、さらに本願第1発明と引用例2記載の発明との技術的思想の差異を看過した結果、相違点<3>の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 一致点の認定の誤り及び相違点<1>の判断の誤り
(a) 審決は、本願第1発明におけるシュラウドが引用例1証載の発明における電極ホルダ10及び透明な前方部分11に対応するとの認定に基づき、シュラウドの構成において両者は一致すると認定している。
引用例1記載の発明においては、透明な前方部分11を有する電極ホルダ10が設けられ、透明な前方部分11にはスロツト15が形成されており、ワイヤ先端をスロツト15を介して前方部分11内に位置させることが可能であるから、電極ホルダ10は包む物、覆い等の一般的な意味におけるシュラウドといえる。
しかしながら、引用例1記載の発明において、透明な前方部分11を有する電極ホルダ10は、その内部に移動自在に棒状の電極9を保持するためのホルダであって、それ自身が電極を構成するものではない。すなわち、アーク放電は、ワイヤ1と棒状電極9との間で発生されるべきものであり、前方部分11は、透明な絶縁物質から構成され、ワイヤ1に対して対向電極としての機能を有するものではない。
これに対し、本願第1発明においては、シュラウドはワイヤ先端を実質的に包囲した状態となっており、ステンレススチール等の導電性物質で構成され、ワイヤに対する対向電極としての機能を有するものである。すなわち、アーク放電は、ワイヤとシュラウドとの間に高電圧が印加され電気的アーク放電を発生させるべきものである。
したがって、審決の前記一致点の認定は誤りである。
(b) 審決は、相違点<1>について、「本願明細書(13頁19行・20行、14頁16行ないし20行)には、シュラウドがステンレススチール等の物質からなるシュラウド内面にタングステンスポットを設けて電極として構成し得ることが記載されており、かかる記載からみると、シュラウドが内面に電極を取り付けたものを含むことが明らかである。してみると、本願第1発明におけるシュラウドは、引用例1記載の発明におけるシュラウドの内部において支持される電極と実質的に一致する。」と判断している。
しかしながら、審決の引用する本願明細書14頁16行ないし20行の直前には、「シュラウド25の端部近傍であって且つノッチ26に隣接して電極28がシュラウドへ電気的に接続されており、従ってシュラウドはボンディングワイヤ11の端部に対し相補的な電極を形成している。」(14頁11行ないし16行)と記載され、シュラウド25への電圧の印加は、この電極28を電圧源に接続させることにより行うことが可能であることを示している。シュラウド25自身はワイヤ11に対して対向(相補的)電極であるから、実際のアーク放電はあくまでもワイヤ11とシュラウド25との間において発生する。
そして、タングステンスポット28’は、電極28をシュラウド25へスポット溶接等によって接続させる場合に形成されるものであり、シュラウド25の内側表面上に多少の凹凸部分を形成し、局所的に電界が集中した部分を形成し、アーク放電に好適な領域を提供するものであるが、その局所的な電界集中は僅かなものであり、ワイヤ11の先端は対向電極であるシュラウド25によって実質的に包囲されているので、ワイヤ11の先端周りの電界強度は実質的に一様である。
タングステンスポット28’を設けたとしても、ワイヤ11の先端周りの電界強度を変化させるものでなく、アーク放電の発生に所定の指向性を与えるものにすぎず、シュラウドが対向電極であることには変わりがない。
また、審決は本願明細書の前記記載からみると、シュラウドが内面に電極を取り付けたものを含むことが明らかである、と判断しているが、本願第1発明では、シュラウド自身が電極であって、シュラウドの内面に新たに電極を取り付けることは本願明細書に記載も示唆もされていない。
したがって、「本願第1発明におけるシュラウドは、引用例1記載の発明におけるシュラウドの内部において支持される電極と実質的に一致する。」とした審決の前記判断は誤りである。
(2) 相違点<3>の判断の誤り
引用例2には、アルミの酸化を防止するために不活性被覆ガス(アルゴンガス)と水素ガス(その混合割合1~50%)との混合ガスをワイヤ先端に供給することが記載されていることは認めるが、放射管20へ混合ガスを供給する前に、不活性被覆ガスの流れと水素ガスの流れを別々に発生させ、次いで、それらを混合させ、そのガスが完全に混合した後にその混合ガスを放射管20へ供給することを記載するものでも示唆するものでもない。引用例2記載の発明は、アルゴンガスと水素ガスを一定の割合で混合させたものを放射管20へ供給するものであって、混合ガスの割合を制御するものではなく、これによりボールの寸法及び形状を制御できるものではない。
審決は、周知例を引用し、複数種のガスの流れを別々に発生させた後それらを混合させて得た混合ガスを供給することは、半導体の製造において周知であり、しかも、特段の事情がない限りかかる混合ガスを完全に混合した後に供給することは極めて当然のことである、と認定判断している。
しかしながら、周知例は、IC中のトランジスタの一つの構成要素であるベースをシリコンウエハに形成する場合の拡散装置を示しているにすぎず、使用されているキャリアガスとしては、窒素と酸素とが記載されているにすぎない。周知例記載の技術は本願第1発明のように既に製造されたICチップに対して外部への接続のためのリード線をボールボンディングする技術とは、異質の技術である。
したがって、引用例1記載の発明におけるシュラウドへ供給するガスを、シュラウドへ不活性被覆ガスの流れを発生させ、不活性被覆ガスとは別の水素ガスの流れを発生させ、不活性被覆ガスと水素ガスとを混合させ、不活性被覆ガスと水素ガスとが実質的に完全に混合した混合ガスとすることは、当業者が容易になし得る程度のことであるとした審決の判断は誤りである。
第3 請求の原因に対する被告の認否及び主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認め、同4の審決の取消事由は争う。審決の認定判断は正当であって、審決に原告主張の違法は存しない。
2(1) 一致点の認定及び相違点<1>の判断について
(a) 「シュラウド」とは、包む物、覆い等を意味するところ、本願第1発明の特許請求の範囲には、「前記ワイヤ先端に所定の雰囲気を与えるガスを供給するシュラウドが設けられ」及び「前記ワイヤ先端を前記シュラウド内部に位置させて前記シュラウドにより実質的に包囲された状態とさせ」と記載されているから、本願第1発明におけるシュラウドは、ワイヤ先端を実質的に包囲するところの覆いとして把握できる。また、本願第1発明の特許請求の範囲にはシュラウドの材質については何らの記載もないから、透明な物質からなるものをも含むと解される。
一方、引用例1の前記審決摘示(2)(d)(c)の記載、及び第1図を併せてみると、引用例1記載の発明における電極ホルダ10及び透明な前方部分11は、ワイヤ先端を実質的に包囲してワイヤ先端にシールドガスを供給するものであることが明らかである。
してみれば、本願第1発明におけるシュラウドと引用例1記載の発明における電極ホルダ10及び透明な前方部分11はワイヤ先端を実質的に包囲する覆いである点で軌を一にするものである。
したがって、本願第1発明におけるシュラウドが引用例1記載の発明における電極ホルダ10及び透明な前方部分11に対応する、とした審決の認定に誤りはない。
(b) 本願第1発明におけるシュラウドがワイヤの対向電極でとして機能するものであることは認める。しかしながら、その特許請求の範囲には、シュラウドの材質に関する記載はなく、また、シュラウドのどの部分にアーク放電を発生させるかについても記載がないから、本願第1発明におけるシュラウドは、ワイヤの対向電極として機能するものであるが、いかなる材質のものでもよく、また、その内面の一部に電極を設けて一部分のみにアーク放電を発生させるものを含む、というべきである。
そして、審決の引用する本願明細書14頁16行ないし20行における「アーク放電に好適な領域」とは、アーク放電の発生箇所として好適であるということであり、アーク放電の発生箇所とは、対向電極に他ならない。そうすると、「タングステンスポットを設けてアーク放電に対する好適な領域を提供する」とは、タングステンスポットを対向電極として機能させることである。
したがって、シュラウド内面にタングステンスポットを設けて電極、すなわち、対向電極として構成し得ることが記載されている、とした審決の認定判断に誤りはない。
原告は、本願第1発明においてタングステンスポットを設けてアーク放電に対する好適な領域を提供するということは、あくまでもシュラウドが対向電極であるから、タングステンスポットを設けたシュラウドは、引用例1記載の発明における透明な前方部分を有する電極ホルダ内に電極を設けたものとは相違すると主張するが、前記のとおり、本願第1発明においてタングステンスポットを設けたシュラウドは、内面に電極を設けたものといえるから、この点において両者に差異はなく、本願第1発明はシュラウドが内面に電極を取り付けたものを含むことが明らかである、とした審決の認定判断に誤りはない。
(2) 相違点<3>の判断について
原告は、引用例2記載の発明のように単に混合ガスを供給するという技術的思想とは異なり、不活性被覆ガスと水素ガスとの混合割合を変化させることが可能なものであり、その混合割合を所望の値に設定することにより、形成されるボールの寸法及び形状を制御することが可能なものである旨主張する。
しかしながら、本願第2発明の特許請求の範囲6には、「混合ガス中の水素の体積%を所望の範囲内に制御する手段」が記載されているものの、本願第1発明の特許請求の範囲1には水素の添加量を調節することは何ら記載されてないから、本願第1発明は水素の添加量の調節を含むものではなく、この調節によりボールの寸法、形状を制御できるという効果を奏するものではない。
むしろ、引用例2の「雰囲気ガスは水素が1~50%の範囲を占めるアルゴンとの混合気体でよく、一例として水素10%、アルゴン90%の混合気体を行ない用いて好適した。」(2頁右下欄13行ないし16行)及び「上述のこの発明方法によれば、(中略)真球型のボールが形成できるため、(中略)ボンディングのスペースの少ない(中略)良好な利点が備わるものである。」(2頁右下欄17行ないし3頁左上欄4行)との記載からみて、引用例2記載の発明こそが不活性被覆ガスと水素ガスとの混合割合を変化させて、ボールの寸法、形状を制御できるものである。
原告は、周知例は、トランジスタ等の半導体装置の製造方法に関するものでボールボンディング用のボール形成方法とは異質の技術である旨主張するが、審決は、周知例がボールボンディング用のボール形成方法であると認定したものでなく、複数種のガスの流れを別々に発生させた後それらを混合させて得た混合ガスを供給することは、半導体製造の技術分野において周知であることを示すために引用したものである。そして、本願第1発明のボール形成方法は、ワイヤを集積回路チップへボールボンディングさせるためのものであるから、半導体製造の技術分野に属することは明らかであり、一方周知例記載の技術は、IC中のトランジスタのベース部分の拡散に関するものであるから、同じく半導体製造の技術分野に属することは明らかである。
したがって、相違点<3>の審決の認定判断に誤りはない。
第4 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
第1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。
第2 そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。
1 成立に争いのない甲第2号証の1ないし3(特許願書、明細書及び図面)、同第7号証(平成4年3月24日付手続補正書)によれば、本願明細書には、本願第1発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について次のとおり記載されていることが認められる。
(1) 本願第1発明は毛管(キャピラリ)ワイヤボンディング工具によって略保持されているボンディングワイヤ又はリードワイヤの端部に形成するボンディング用のボールの形成を制御する新規な方法に関する(本願明細書3頁17行ないし4頁1行)。
上記のボールは、特に、集積回路チップのダイパッドへリードワイヤをボールボンディングする場合に使用されるが、従来の方法では、ボールを形成する工程における制御上の問題があり、その結果ボンディング用ボールの寸法及び形状が異なったり、酸化したりする欠点があった。
本願第1発明は、この欠点を改良した欧州特許出願第82400875.9号記載の発明をさらに改良・補充してボンディングボールの寸法及び形状を制御するとともに、ボールを形成するためにリードワイヤの端部において溶融される金属が酸化されることを最小とし、一様な寸法・形状及び特性を有するボンディングボールを形成するための新規な方法を提供することを目的とする(同4頁2行ないし7頁2行)。
(2) 本願第1発明は前記目的を達成するためその要旨とする特許請求の範囲1記載の構成(前記手続補正書2枚目4行ないし19行)を採用した。
(3) 本願第1発明は、前記構成を採用したことにより、ボール形成中に実質的に酸化が発生することを阻止し、かつ形成されるボールの寸法・形状等を制御できる等の作用効果を奏するものである(本願明細書7頁3行ないし11頁17行)。
2(1) 一致点の認定及び相違点<1>の判断について
(a) 原告は、本願第1発明におけるシュラウドが引用例1記載の発明における電極ホルダ10及び透明な前方部分11に対応するとの認定に基づきシュラウドの構成において両者は一致する、とした審決の認定は誤りである旨主張する。
そこで、まず本願第1発明のシュラウドについて検討すると、本願明細書の特許請求の範囲1には、「ワイヤ先端に所定の雰囲気を与えるガスを供給するシュラウドが設けられており、前記ワイヤと前記シュラウドとの間に電気的アーク放電を発生させて前記ワイヤ先端に溶融状態のボールを形成させるボールボンディング用ボール形成方法において、前記ワイヤ先端を前記シュラウド内部に位置させて前記シュラウドにより実質的に包囲された状態とさせ」と記載されていること前述のとおりであるから、本願第1発明のシュラウドは、ワイヤ先端を包みかつ覆う機能を有するものであることが一義的に明確である。そして、このことは、前掲甲第2号証の2及び3によれば、本願明細書の発明の詳細な説明に、「シュラウド25は、例えば、ステンレススチール又はその他の導電性物質から形成され(中略)この管状シュラウドの端部にはノッチ26が形成されており(中略)尚第3B図に示した如く、このノッチは、毛管工具13の先端とボンディングワイヤ11の端部とを受納し且つ実質的に取囲む様に適宜寸法を決定する。」(本願明細書13頁19行ないし17頁7行)と記載され、第3B図(別紙図面1参照)にボンディングワイヤ11の端部をシュラウド25内に包囲させた状態が示されていることからも裏付けられる。
これに対し、成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例1には、「電極9は、透明な前方部分11(図においては断面であらわす)によって形成されるホルダ10に支持され」(3頁左下欄4ないし6行)、「電極ホルダ10の透明な前方部分はスロット15により形成されそれによりノズル先端およびワイヤが、その前進につれて、電極ホルダ中を通過することを許容する。」(同頁左下欄11行ないし14行)と記載されていることが認められるから、引用例1記載の発明においては、電極ホルダ10には透明な前方部分11が設けられ、透明な前方部分11にはスロット15が形成され、ワイヤ先端はスロット15を介して透明な前方部分11に配置されているから、ワイヤ先端は、電極ホルダ10及び透明な前方部分11内に位置し実質的に包囲された状態にある、ということができる。
そうすると、本願第1発明のシュラウドと引用例1記載の発明の電極ホルダ10及び透明な前方部分11は、ともにワイヤ先端を実質的に包囲した状態のものである点においてその構成に差異がないというべきである。
原告は、本願第1発明におけるシュラウドはワイヤに対して対向電極の機能を有するが、引用例1記載の発明における電極ホルダ10及び透明な前方部分11はその機能を有しない点において両者は相違する旨主張するが、審決は、電極が本願第1発明においてはシュラウドであるのに対し、引用例1記載の発明においてはシュラウド(電極ホルダ10及び透明な前方部分11)の内部において支持される電極9である点を両者の相違点<1>として認定しており、原告の上記主張の点は、結局相違点<1>の判断の当否に係り、審決の前記一致点の認定に影響するものではない。
したがって、本願第1発明におけるシュラウドが引用例1記載の発明における電極ホルダ10及び透明な前方部11に対応するとの認定に基づき、両者のシュラウドの構成が審決の一致点認定の範囲において一致する、とした審決の認定に誤りはない。
(b) 本願明細書の前記特許請求の範囲1には、「ワイヤと前記シュラウドとの間で電気的アーク放電を発生させ」と記載されているから、本願第1発明におけるシュラウドは、ワイヤ先端との間で電気的アーク放電を発生させるものと認められる。
しかしながら、本願第1発明においてシュラウドはワイヤ先端を実質的に包囲した状態のものであること前述のとおりであるところ、前記特許請求の範囲1の記載自体からは、シュラウド内側表面全体とワイヤ先端との間で電気的アーク放電が行われるのか否かは一義的に明確でない。
そこで、この点を本願明細書及び図面の記載に基づいて検討すると、前掲甲第2号証の2及び3によれば、発明の詳細な説明には、前記のとおり「シュラウド25は、例えば、ステンレススチール又はその他の導電性物質から形成され」と記載されているものの、この記載からはシュラウド内側表面全体とワイヤ先端との間で電気的アーク放電が行われるかどうか明らかでない。かえって、発明の詳細な説明中の他の箇所に、「尚、シュラウドとの接続部に於いて、シュラウド内側表面上のタングステンスポット又は区域がボンディングワイヤ11の端部と電極28との間のアーク放電に対する好適な領域を提供する様にこの電極を構成することが可能である。」(本願明細書14頁16行ないし20行)と記載されていることが認められるから、本願第1発明においては、シュラウドの内側表面上にシュラウドとして使用されるステンレススチール等の導電性物質とは異なる耐アーク材料のタングステンが用いられる構成を含むものであり、この場合には、ボンディングワイヤ11は、シュラウド内側表面上のタングステンスポットとの間で電気的アーク放電を行っているものと認められる。また、たとえシュラウドの内側表面上にタングステンスポットのような電気的アーク放電に好適な領域が設けられていない場合であっても、電気的アーク放電はボンディングワイヤとシュラウド内側表面上の電気的アーク放電に適した特定の領域との間で行われることは技術的にみて自明であり、ボンディングワイヤとシュラウド内側表面全体との間で電気的アーク放電が行われているとは認めがたい。
原告は、タングステンスポット28’を設けたとしても、ワイヤ11の先端周りの電界強度を変化させるものでなく、アーク放電の発生に所定の指向性を与えるものにすぎず、シュラウドが対向電極であることに変わりがない旨主張するが、シュラウドの内面にタングステンスポットを設けたものは、シュラウドの内面に対向電極を設けたものといえることは、前述のとおりであるから、原告の主張は理由がない。
そうすると、本願第1発明は、シュラウド内側表面上のタングステンスポット又は区域がボンディングワイヤ11の端部と電極28との間のアーク放電に対する好適な領域を提供するように電極を構成するものを含むものであり(むしろ安定した良好な電気的アーク放電を行うためにはこのような領域を設けることが通常のことと認められる。)、本願第1発明のシュラウドがその内面に電極を取り付けたもものを含むとした審決の認定に誤りはない。
一方、前掲甲第3号証によれば、引用例1には、「ワイヤの終端にボールを形成するには、火花放電がワイヤ1の先端と電極9との間に、約0.125mmの間隔において、生成される。電極9は、透明な前方部分11(図においては断面であらわす)によって形成されるホルダ10に支持され、かつ、ピボット腕12の終端に装着される。」(3頁左下欄2ないし7行)と記載されていることが認められ、この記載にFigl(別紙図面2参照)を総合すると、引用例1記載の発明において、電極9は電極ホルダ10の透明な前方部分11内に配置されており、ボールを形成するための火花放電がワイヤ1と電極9との間で行われるものというべきである。
したがって、本願第1発明におけるシュラウドは、引用例1記載の発明におけるシュラウドの内部において支持される電極と実質的に一致する、とした審決の判断に誤りはかい。
(2) 相違点<3>の判断について
引用例2記載の発明は、アルミニウム線端を還元性ガスと不活性ガスとの混合気中にて加熱溶融し、ボールを形成するアルミニウム線端のボール形成方法であって(特許請求の範囲第1項)、引用例2に、水素(還元性ガス)とアルゴン(不活性ガス)との混合気を雰囲気ガス放射管によりボンディングワイヤ端に放射すること(2頁右下欄6行ないし16行及び第11図)が記載されており、したがって、引用例2記載の発明は、不活性被覆ガスと水素ガスとの混合ガスをワイヤ先端に供給するものであることは、当事者間に争いがない。
そして、成立に争いのない甲第5号証によれば、周知例には、本願第1発明と同じ半導体製造の技術に関するIC中のトランジスタのベース部分の製作に当たり、複数種のガス(窒素ガスと酸素ガス)の流れを別々に発生させた後それらを混合させて得た混合ガスを供給することが記載されているものと認められるところ、通常不活性被覆ガスと水素ガスのような性質の異なる複数種のガスから混合ガスを発生させる場合、性質の異なる複数種のガスを各々別々に発生させ、しかる後にこれらを混合して混合ガスを発生させることは当業者にとって自明の技術に属し、周知例を示すまでもなく、本出願当時普通に行われていたことにすぎないといえる。
したがって、引用例1記載の発明におけるシュラウドへ供給するガスを、シュラウドへ不活性被覆ガスの流れを発生させ、不活性被覆ガスとは別の水素ガスの流れを発生させ、不活性被覆ガスと水素ガスとを混合させ、不活性被覆ガスと水素ガスとが実質的に完全に混合した混合ガスとすることは、当業者が容易になし得る程度のことである、とした審決の判断に誤りはない。
原告は、引用例2記載の発明は、アルゴンガスと水素ガスを一定の割合で混合させたものを放射管20へ供給するものであって、混合ガスの割合を制御したりボールの寸法及び形状を制御したりできるものではないのに対して、本願第1発明は、シュラウドへ不活性被覆ガスの流れを発生させ、不活性被覆ガスとは別の水素ガスの流れを発生させ、
前記本願明細書の特許請求の範囲1には、混合ガス中の水素ガスの添加量を調節することは記載されていないが、前記1認定のように、本願第1発明は、リードワイヤの端部において溶融される金属が酸化されることを最小とし、一様な寸法・形状及び特性を有するボンディングボールを形成するための新規な方法を提供することを目的とし、特許請求の範囲1記載の構成を採用したものであって、当業者であれば、本願第1発明においても、不活性被覆ガスと水素ガスとを最適な混合割合に制御して発生させていると理解できるというべきである。
しかしながら、成立に争いのない甲第4号証によれば、引用例2には、「ボール形成方法は雰囲気ガス放射管(20)より水素とアルゴンとの混合気を放射し、少なくともボンディングワイヤ端の溶融予定部を前記雰囲気中にあらしめる。(中略)雰囲気ガスは水素が1~50%の範囲を占めるアルゴンとの混合気体でよく、一例として水素10%、アルゴン90%の混合気体を用いて行ない好適した。上述のこの発明方法によれば、(中略)アルミニウム線端に酸化されない真球型のボールが形成できるため、(中略)ボンディングのスベースの少ない(中略)ボールボンディング法の良好な利点が備わるものである。」(2頁右下欄6行ないし3頁左上欄7行)と記載されていることが認められるから、引用例2記載の発明も、アルミ線端に酸化されない真球型のボールを形成するために、水素とアルゴンとを最適の混合割合に制御して用いていることが明らかである。
したがって、本願第1発明は、引用例1及び2記載の発明に比較して、格別の効果を奏するものとも認められない、とした審決の判断に誤りはない。
(3) 以上のとおりであるから、審決の一致点の認定及び相違点<1>及び<3>の判断には誤りはなく、審決に原告主張の違法は存しない。
第3 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項の各規定を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)
別紙図面1
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別紙図面2
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別紙図面3
<省略>